結婚式って不思議じゃない?~愛は誓うのじゃない。現役草食系男子の恋愛観~

どうも、現役草食系男子のしげちゃんです。

 

今回は、結婚式について書きます。

 

以前、書いた記事とリンクすることも多いのでこちらもぜひぜひ。

結婚式はしたい派?したくない派?~草食系男子の恋愛観~

 

特に僕が思う結婚式の不思議について主に書きます。

 

あくまでも僕の個人的な価値観なので

一つの恋愛観として読んでいただければ幸いです。

 

 

結婚式ってなんだ??

 

 

 

結婚式って皆さんはどんなものをイメージしますか?

 

・キラキラの結婚指輪

・綺麗なウェディングドレス

・みんなの笑顔…

 

“幸せな空間”をイメージする人が多いと思います。

 

僕もそう思いますし、実際に出席して「幸せだな!」と感じました。

 

ただ、不思議に思うことが多々あるのです。

 

 

例えば、結婚式のクライマックス

『愛の誓い』。

 

大勢の人の目の前で、愛を誓い夫婦になるというあの儀式に違和感を覚えました。

 

 

愛というものは、誓わなければいけないのでしょうか。

 

どうしても僕には、「愛を誓います」という言葉が

「誓うから愛します」に聞こえるのです。

 

 

愛情は自然に湧き出てくるもので、誓うものではないと思うのです。

 

 

大勢の人(証人)の前で誓うことで

「愛さなければいけない」という義務感が生じるように思います。

 

お互いに人生を共にするなかで

そのとき、そのときに愛情を感じる、それが本質的だと思うのです。

 

愛を誓うことで”安心感”を得たいという意見を聞いたことがありますが

誓わないと安心感を得られないというのはダメだと思います。

 

お互いに愛し、愛されているならば、誓わずとも、言葉にせずとも

お互いに安心感で満たされているはずです。

 

皆の前で誓わずとも

お互いに愛情を感じていればそれで十分ではないでしょうか。

 

結婚式に出席したときも

「わざわざぼくらの目の前で愛を誓わなくてもいいのに」と正直思いました。

 

 

次に結婚式で不思議に思うことは

バージンロードです。

 

名前にそもそも違和感がありますが、

それよりも父親から婿に花嫁に渡されるということが疑問です。

 

女性が実家を出て、嫁ぐ

ことを表していますが、古臭くはないでしょうか。

 

男性中心な旧来の結婚観の名残のように感じます。

 

結婚しても実家とのつながりは現代ではありますし

あの儀式は形骸化していると思います。

 

また、これも皆の前で行いアピールする必要もないですよね。

 

 

そもそも普段はキリスト教信仰していない人たちが

結婚式の時だけ、教会で神のもとで神父さんに立ち会ってもらい

結婚式を挙げること自体に「あれ?」と思います。

 

ただ、そこには日本社会で作り上げられた

結婚式へのイメージが大きく関わっていると思います。

 

 

“キラキラ”している結婚式

 

 

結婚式を挙げること。

 

それはいわゆる幸せのシンボルとしてあると思います。

 

その中でも欧米の教会での結婚式は、荘厳で華やかなイメージが強く

欧米化してきた日本でも広く普及しました。

 

多くの人にとって、結婚というイベントは自分が幸せであることの証明となり

“人生勝ち組”になるための条件として存在しているのではないしょうか。

 

結婚式を挙げることで周りに「自分が幸せであることを認めてもらいたい」という

心情心理もあるのではないかとも思うのです。

 

結婚は幸せな素晴らしい出来事だと思います。

 

ただ、結婚式を挙げてみんなの前で愛を誓ったり、バージンロードを歩いたり…

というのが不思議でした。

 

結婚式を挙げずとも

お互いに愛を感じ、幸せならそれで十分じゃないかと思いました。

 

 

可愛くない記事ですみません(^_^:

 

これはあくまでも草食系男子しげちゃんの価値観なので

「こういう風に考える人もいるんだな」くらいに思っていただければ幸いです。

 

ではでは。

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